貯金なしアラサーOLが30歳までに結婚式するためのブログ

結婚を焦りまくっていたアラサー貯金なしOL(婚約中)が、「婚活・モテ」「貯金」「ダイエット」などをテーマに情報を発信しながら、自分も早くお金を貯めて挙式を目指すブログです。

生きるのに必死だったから、今は毎日「ありがとう」って言ってます

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わたしの一人暮らしデビューは大阪でした。

スマホのデータを探していたらかろうじて数枚の写真が出てきたので、懐かしさと自分への激励も込めて書きます。


とりあえず、ツラいことが多かったからこそ、いま幸せだよって言える話です。

親元を離れたときは、二人暮らしだった

わたしは四国の出身で、関西の大学に進学しました。

過保護な親の勧めで入学と同時に女友達とルームシェアをしていたので、ホームシックとは無縁の4年間でした。

高校デビューをし損ねた私は頑張って大学デビュー!…を目指したものの、選んだ学科のジャンルがけっこうコアなものだったためかイケてる子なんてほとんどいなかった。笑

 

その中で一生懸命付けまつ毛を付けたり、バイト代で頑張って109系の服を買ったり、今の言葉でいえば一生懸命キラキラしようとしてたけど、それでも芋っぽさが抜けない女子大生でした。

 

この頃は2DKの世帯向けのアパートにルームシェアで住んでいたので、プライバシーはあれども全然寂しさはなかった。

むしろ友人に気を遣って彼氏を連れ込むことが出来なくて(笑)、3回生にもなるとシェアに不満さえ持ち始めました。

 

初めての一人暮らしは、ただただ寂しかった

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新卒採用で大阪の企業に就職の決まった私は、希望にあふれていました。

住所が「大阪市」から始まればなんでも嬉しかったし(笑)、学生の頃のように高い電車賃を払って心斎橋に服を買いに行かなくていいわけですから。


キラキラした社会人生活が待っていると思うとテンションMAXでしたし、まさか半年もしないうちに自分がホームシックになるなんて思いませんでした。

 

家賃と通勤と心斎橋から近いことだけをポイントに部屋探しを始めたわたしに、父が「怖いわ。オートロックのついたところにしなあかんぞ」と言ったのを今でも覚えています。

 

オートロックなんて贅沢品で、そんな恩恵の分かりづらい設備の為に家賃や管理費が上がるのがイヤだったんです。

でも最初の親孝行と思って、オートロックと1階に防犯カメラのあるレディースマンションに入居することにしました。

オートロックでレディースマンションで8階、バストイレ別、室内洗濯機置き場はクローゼット風になっていて綺麗、そんな部屋なわりに家賃が安くて驚いたけど、3ヶ月も住めば理由はわかりました。

 

私の選んだマンションは新世界の本当に目の前で、少し歩けばあの有名な西成。

確かに30分も歩けば心斎橋だったし、電車にして2駅ほどだったけど、住むにはあまり心地よい場所とは言えませんでした。

 

「うわ!不動産屋に騙された!」と思ったけど、よくよく考えると自分が治安について何も営業さんに言わなかったんですよね。

治安以外は100点満点のお部屋、不動産屋のあの兄ちゃんはいい仕事をしたのかもしれない。


何よりキッチンのカウンターがお気に入りで、8畳ワンルームの中に食卓を置くつもりのなかったわたしにはひとつのキラキラポイントでした。


仕事は激務で、根性論に頼ったブラック企業って知ってて入ったけどやっぱりツラくて、仕事の日はは本当にベッドで寝るだけしかできない生活で。


なんせ平日休みの会社に就職してしまったせいで、友達との関係もどんどん薄くなって、休みの日はゲオで借りたDVDを見漁ることだけが息抜きでした。

最新のドラマなんて世間に追い付いてないから見れなくて、中学~大学時代に観たドラマばかりをエンドレス。


こんな生活で、部屋が理想通りの可愛い部屋じゃなければ発狂していたかもしれません。

家族が病気になると同時に3年付き合った男に捨てられた。でも、女子力が上がった

20歳から3年付き合った彼氏から届いた「別れよう」ってメールを見たのもこの部屋でした。


今年はお前の実家に挨拶に行くよって言ってたくせに、わたしの弟が病気になったと聞いた翌日に掌を返された形になりました。


弟が生きるか死ぬかで頑張ってるときに、一方的にメールで別れを告げられて、もう涙の種類がごちゃ混ぜですごかったです。


あれから5年たった今なら、その元カレが結婚不適合者で、彼に費やす時間がもったいないと分かるのに、あの頃はどうしてわからなかったんだろう。


父に、「お前には弟の治療費とか絶対に頼らんから、どこにでも嫁に行けよ」って言われたときに泣いた。

フラれたって知って、お父さんも言葉も出ないみたいだった。

今でも思い出して涙が出るのは、元カレに捨てられたときの悲しさじゃなくてあのとき肩を震わせてた父の姿が忘れられないからです。


離婚や再婚もあって、裕福でもなかったし、いい家庭で育ったとは言えないけど、仕事辞めて実家に帰っちゃおうかとも思いました。


弟がお医者さんに「奇跡ですよ!」と言われるほどに回復したら、毎週高速バスに乗って実家に帰るのが楽しくなりました。


弟のリハビリを頑張ってる姿を見て元気をもらって、夜一番遅いバスで大阪にとんぼ返りし…。


理想の可愛い部屋なはずなのに、寂しかったです。


まだ麻痺の残る口で「姉ちゃん誕生日おめでとう」と言ってくれた弟の言葉に励まされて、仕事に通いました。

朝から終電まで働かなくちゃいけない営業の仕事は、本当にツラかった。


せっかくの可愛い部屋も雑然として、なんならゴミ屋敷一歩手前か?ってとこまで荒れたとき、またバスで実家に帰ったら、


「姉ちゃんが別れたんは俺のせいか?」


と聞いてきました。

わたしが大学時代から右手につけていたペアリングをつけていないことに、気づいてしまったんですね。


「あんたのせいやないわ。ショボい男やってはよ分かってよかったんや」


ってハッタリかまして、大阪に帰るバスの中で決めました。


キラキラした女になろう。

モテて困るくらいになって、こっちが男を選ぶ側になってやろう。


女子力上げて、男捕まえてこの部屋の思い出を塗り替えてやろうって思ったんですね。


危険なこともあった。けして綺麗な街ではなかった。でも好きだった。

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まず始めたのはダイエットでした。

アホかと思われるかもしれないけど、正直顔には自信があったんですね(笑)


ずーっとぽっちゃりとデブの間を行き来しているだらしない身体を引き締めて、なんなら心斎橋でキャッチじゃなくてナンパされてやるわと。笑


営業成績が振るわなかった翌翌月の給料は本当に最低で、ひたすら赤字の生活でした。もちろん、ジムやらエステやらに行くお金なんてなかった。


「治安が悪い?そんなの関係ねえ!」

と言わんばかりに常にどこかしらにゴミの落ちてる自宅近辺をジャージで走り回りました。笑


いま考えたら治安悪いエリアの夜道を走るなんて自殺行為なんですけどね…。バカだったなぁ。でもなんかまっすぐだった気もします。


少し痩せて見映えのよくなったわたしを口説いてきたのは、同じ会社の隣の支店の先輩でした。

営業能力があって素敵だったし、穏やかで優しくて単純なわたしはすぐ好きになりました。


手料理もたくさん振る舞いました。

ちょっとでも見映えのいい料理を作りたかったから、自分の食費削ってブロッコリーとか無理して買ってた(笑)


その頃のキッチンの写真も出てきました。

たぶん、「今からあなたのためにお料理作るの(はぁと)」みたいなLINE送るために撮ったのが残ってたのかな。


あ、サラッと言っちゃいますが彼は会社の金横領してクビになりました。


わたしの男を見る目の無さよ…。。。


一人暮らしを経験して、猫を迎えることにした

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子供の頃から実家で犬を飼ってたわたしは、もう分かりやすいくらいの所謂犬派ってやつでした。


ホームシック寂しい。

また変な男と付き合ってまた一人ぼっちかよ。


そうやさぐれていたわたしは「猫カフェ」ならぬ「犬カフェ」を検索してみましたが、当時そんなものは家の近所にありませんでした。


仕方なく行ってみた近場の猫カフェで猫の可愛さに骨抜きにされまして、「犬だって猫だって可愛いじゃん選べへんわ」派に。


それからは毎週のように通いつめました。

部屋の中の雑貨もこの頃から猫率が上がった気がします。


そんなわたしは3年前に関東に出てきて、今は3歳の雑種猫と生活しています。

関東に出てからの恋愛も苦虫を噛み潰しまくった日々でしたけど、猫っていうわたしがしっかりしなくちゃ生きていけない存在が近くにいることで前向きに頑張れるようになりました。


あ、今は本当に素敵な男性と生活していて幸せです。


一人暮らしの孤独や大変さを経験したから、パートナーや愛猫を迷うことなく愛していける

いろんなことが片付いて、関東で仕事もあって、将来を約束した相手と猫と生活しているから、もうわたしは一人暮らしではないです。


家に帰ったら「ニャーン!」って玄関まで走ってお迎えに来てくれる猫の姿に癒され、安い食材を使おうが手抜き料理だろうが「美味しいね」ってニコニコ完食してくれる恋人がいて、本当に幸せです。


幸せなので毎日猫や彼に「いつもありがとう」って言うんですけど、たぶん大阪で一人で頑張った時間がなければこんなに感謝できなかったと思います。


若い人は所帯を持ったら一人暮らしを卒業するわけだし、わたしの一人暮らしはたった3年だけど、それでもかけ換えのない時間だったと思います。


苦しいことの方が多かったですけどね。(笑)

今が幸せだからいいです。


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